ローヤルゼリーの歴史

ローヤルゼリーが初めて歴史に登場するのは約2400年前まで遡ります。古代ギリシャの哲学者アリストテレスは著書の中でローヤルゼリーを紹介しています。これが文献として残る最古の記録です。
その後、歴史の表舞台から長く姿を消しますが、18世紀に再びローヤルゼリーが発見されます。スイスの研究者フランソワ・ユベールが著書に「ゼレー・ロワイヤル」と記載し、これが英語に翻訳されてローヤルゼリーになったと言われています。
1954年、ローマ法王ピオ12世の命を救った出来事によってローヤルゼリーは一躍脚光を浴びます。いくつもの国際学会で発表され、ローヤルゼリーが広く知られるきっかけになりました。
日本での歴史は浅く、明治期に初めて紹介され、広く知られるようになったのは戦後のことです。

ローヤルゼリーが初めて歴史に登場するのは約2400年前

人類とミツバチの関わりは数千年の歴史があります。ローヤルゼリーが初めて歴史に登場するのは約2400年前まで遡ります。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、著者である「動物誌」の中で「濃厚なハチミツに似た淡黄色の柔らかい」と紹介しています。
とはいえアリストテレスはローヤルゼリーと女王蜂の関係に気づかず、ローヤルゼリーがそのまま固まって女王蜂になると考えていました。(もちろん実際は女王蜂も他の蜂と同じように卵からふ化します。)この時代はローヤルゼリーの効能について知られておらず、具体的な研究が行われるまでには至りませんでした。ギリシャ文明の衰退とともにローヤルゼリーの存在は歴史に埋もれていきます。

(※1)働き蜂が女王蜂のために作る特別室。ここで産みつけられた卵から次の女王蜂が誕生する。王台には働き蜂が女王蜂のために生産したローヤルゼリーが溜め込まれる。

ローヤルゼリーと呼ばれるようになったのは18世紀頃

18世紀に入ると再びローヤルゼリーが発見され、歴史の表舞台に復活します。今から200年ほど前、スイスでミツバチの研究を行っていたフランソワ・ユベールは、出版した著者「蜜蜂の新観察」でゼレー・ロワイヤルと記載しています。
当時のヨーロッパで使われていたゼレー・ロワイヤルが英語に翻訳されて、ローヤルゼリーになったと言われています。

19世紀に入るとローヤルゼリーが健康食品としてヨーロッパで出回るようになります。1g作るのに15万匹の働き蜂が必要なローヤルゼリーは非常に貴重な食品でした。
当時の人々は「奇跡の霊薬」「魔法の液」「不思議な薬」などと呼び、お金持ちの貴族が密かに珍重していたと言われています。

20世紀に入るとローヤルゼリーの販売が認可される

20世紀に入ると、これまで一部の人たちだけのものであったローヤルゼリーが薬品として正式に認められます。
フランスでは1952年にローヤルゼリーの販売が開始され、1954年には保健省で薬品として認可されます。フランス各地の病院でローヤルゼリーの研究が開始され、薬としての効能が少しずつ明らかになります。

ローマ法王の命を救ったことで一躍脚光を浴びる

1954年、時のローマ法王ピオ12世の命を救ったことでローヤルゼリーは一躍脚光を浴びます。当時80歳だったピオ12世は肺炎によって衰弱が進み、ついには危篤状態に陥ります。
主治医ガレアジー・リシー博士たちはあらゆる治療を尽くしました。しかし、快方に向かうことはなく、死は避けられないと諦めかけていました。
そんなときに頼ったのが18世紀から滋養強壮の薬とした珍重されていたローヤルゼリーだったのです。最後の希望として投与したローヤルゼリーによって、ピオ12世の病状が少しずつ改善していきます。
青白かった顔は生気が戻り、会話も可能な状態まで回復しました。どんな薬も治療法も効果がなかったことを考えれば奇跡的な回復劇です。

国際学会で発表されたことがきっかけで本格的な研究が始まる

ピオ12世に起きた奇跡はニュースとしてたちまち世界中に伝わりました。多くの有識者を驚かせたと言われています。
そして1955年の国際学会で発表されました。さらに1958年にはローマで開かれた国際学会で、ピオ12世自らが「私はローヤルゼリーのおかけで命が救われた」と演説します。
このニュースが世界中に配信されたことがきっかけで、ローヤルゼリーが広く知られるようになります。やがて世界各国でローヤルゼリーの本格的な研究がはじまります。

日本での歴史

最初に登場するのは明治期

日本でローヤルゼリーの存在が知られるようになったのは近世に入ってからです。明治期の1889年、農学博士の玉利喜造はローヤルゼリーを「王家の舐物」と紹介します。
このことがきっかけで日本でもローヤルゼリーが滋養強壮の薬として注目されるようになります。とはいえ当時は一部の知識人のみが知るに留まり、国民に広く認知されるまでには至りませんでした。

戦後になるとローヤルゼリーの生産が開始される

ローヤルゼリーが日本で広く知られるようになったのは戦後のことです。1959年、週刊誌で「不老長寿の新薬現る?」というタイトルでローヤルゼリーの特集記事が掲載されます。
この記事は国内で大きな反響を呼び、ローヤルゼリーが広く認知されるきっかけになりました。

さらに1950年代には養蜂家や研究者によってローヤルゼリーの研究が本格的に開始されます。静岡県ではローヤルゼリーの生産が試験的にはじまりました。
1957年、日本養蜂研究会会長の井上丹治によって、プラスチックで作られた人工王台(※2)が開発されます。これまで働き蜂に任せるしかなかった王台を人工的に作ることで、ローヤルゼリーの計画生産を可能にしたのです。
同じ頃、海外製のローヤルゼリーの輸入が始まり、国内に広く普及していきます。そして1960年には国内でローヤルゼリーの生産が本格的に開始されて今日に至ります。

(※2)働き蜂には女王蜂が死ぬと新しい王台を作るという習性がある。この習性を利用して女王蜂を隔離することで働き蜂に王台を作らせる。

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